悪魔の囁き 
 
 
 
 
 人は悪魔という存在を信じている。
 魔族という存在があり、その中でもそれぞれに種族がある事を知っていながらも、御伽噺の中にしか存在しない悪魔という存在を心の底で受け止めている。
 それは人が作り出した悪意を表す存在でしかない。いやだからこそ――人は人の中にこそ悪魔が存在するのだと、潜在的に理解しているのだろうか。
   
 
 
 
 
 ドスンッと何かが落ちる音がする。次いで振動が家屋に伝わった。
 が、慌てず騒がすうろたえず。何せそれは珍しい事ではない。むしろ頻繁に在る事だ。
「―――また来たのか」
「そのようですね。僕、お茶の用意してきます」
「全く、少しは成長せんのか、あいつは。動物達が脅えて逃げるだろうが」
「それは本人に言って下さいよ」
「言って聞くタマか、あいつが」
「そうですねー―あはははは」
 と、和やかとも言える会話を異種族師弟が繰り広げている時、要因たる本人が飛び込んできた。
「ちわーっス。おひさ」
 勢い良く扉を開けて現れたのはひょろっとした体格の少年だ。いや、そろそろ18の年を越すぐらいだから青年と評してやるべきなのか。 ついでに貧相とか表現してしまいそうになるが、平均的な体格としてそれ程か細いわけではない。 ただ彼等が見知った相手というのは兵士や戦士といった類が多いので比べるとどうしても華奢な感がある。
「やぁポップ。元気そうだね」
「そっちも調子良さそうじゃねぇか。ロン・ベルクの方はどうだ?」
「相変わらずだよ。そう簡単に治るものではなから。でもほんの少しずつだけど確かに治癒しているんだって」
「そっか」
「それで君は今日も?」
「ん?ああ。気休めにもなんねーみたいだけど、治癒力促進の足しになんねーかと思ってな」
 にっと不敵な笑みを浮かべてポップが笑う。この笑みが、誰もが彼に惹かれてしまう要因のひとつだよなーと、ノヴァは近頃目にする度に思う。
「お前の気持ちはありがたいが、お前の力を求めている所は他のも山ほどあるだろう。俺に構ってないでそっちに力を注げ」
「ちゃんとやるこたぁやってるよ。だがな、俺達はアンタに本当助けられたんだ。その礼はこんな事ぐらいじゃ足りねぇ。 今ん所空振りばっかだけど、いつか当たりも見つかる筈だ。それまでは、まぁ俺の役に立たねぇベホマで茶を濁すって事で」
「・・・・・ポップ」
 謙遜しているのだろう。ポップのベホマといえばそれは高位の賢者が施す治癒魔法にも効果は劣らない。それこそ死に掛けた相手すら癒すのだ。 だが、そのベホマをしてもロン・ベルクの腕は治らなかった。が、それは今更であり落胆する事でもない。 それよりもノヴァはポップが本当に忙しい身である事を知っていた。それこそ倒れないのがおかしいばかりに飛び回っている。 そんな彼がわざわざ師の為にここまで度々足を運んでくれて、その力を注いでくれるのだ。その行為に根が純真なノヴァは感動を覚えてしまう。
「ま、一応こっちの思惑もあっから。もしロン・ベルクの腕が癒せたら―――あいつも、多分」
「ヒュンケルの奴か」
「ああ。本来なら寝たきりでおかしくない奴なんだぜ。なのに全く人の忠告を聞きやしねぇ」
「それはお前も同じだろう。全く親子揃って頑固者だ」
「親父と一緒にすんなよなー。俺ぁ、あんなクソ親父と違って素直で温和で社交的なんだからよ」
「で、親父よりもよほどひねくれ者なわけだな。師事した相手の影響という所か?」
「敵わねぇなぁ」
 ロン・ベルクの言葉にポップが苦笑を浮かべる。確かにポップには少し屈折した所があるけれど、幾らなんでもあのマトリフさん程じゃないよなぁとノヴァは思う。 それをポップが帰った後にノヴァはロン・ベルクにも言ったのだが「お前はまだまだ甘いな」と笑われるのだった。
「そうそう。今日はひとつ提案があんだけど」
「提案って?」
「―――?!」
 に―――っこりと、滅多にお目にかからないような極上の微笑みをポップから向けられたノヴァはついついつられるように問い返す。 同じタイミングではっと何かに気づいたかのようにノヴァを止めようとしたロン・ベルクの制止は不発に終わった。 これは魔族と人間の危機察知能力によるものなのか、それとも単なる年の功か。どちらにしても無駄は無駄。 ポップは最初から汲み易いノヴァの方にターゲットを決めていたのだから。
「そろそろ剣とか打ち始めてんだろ?」
「まぁね。まだまだ練習用で剣なんて呼べる代物じゃないけど・・・でも形は一応整っているかな?先生にはカスとか鉄くずとか言われてるけど」
「そりゃ最初は仕方ねぇさ。な、上がってる奴見せてくんねぇ?」
「ええっ?まだ見せられるような物じゃないよ」
「そう照れんなって。この後リンガイアに顔出すつもりだから、親父さんに土産話になるしな。どうせ手紙ひとつ出してねぇんだろ?」
「・・・・一人前になるまではね。故郷なんて無いものと思わなきゃ」
「お前はそうでも一人息子のこたぁ親は気になるもんだぜ?あの親父さんもお前から頼りが来るまでは、とかいって意固地になってんだろうし」
「何でわかるんだい?」
「ちっと頭働かせりゃ分かるさ。その人を知っていればどういう行動取りそうかぐらいはな。で、見せてくんねぇ?」
「・・・・・わかった。見せるだけだよ?恥ずかしいけど」
 所詮言葉で勝てる筈もないのだ。 ノヴァはポップに押し切られるようにして、失敗作とも言えぬ、溜まったらそのうち再び溶かす事になるのだろうが、今はまだ愛着があるので保管していた品を取り出して見せた。
「へー大したもんじゃん。いや、立派、立派」
「武器屋の息子とは思えぬ台詞だな。ま、お前は剣士ではなく魔法使いだ」
「そー言うなって。俺だって少しは目利きが効くぜ?少なくともこのノヴァが打った剣は親父の店に山と置いてあるナマクラより上等だろ?」
「鉄くずだ」
「そんなのは、まだまだだよ」
「そりゃ、魔界の名工の品に比べればだろ?だが、世間にゃ屑剣がごろごろ転がってんだぜ?それに比べりゃこいつだって一級品さ」
「・・・・・・・何が言いたい?」
 遠まわしとはいえ褒められた事で照れるノヴァと違いロン・ベルクは冷静だ。妙に持ち上げてくるポップに何か魂胆がある事をすぐに気づく。
「いやーやっぱロン・ベルクは察しが早ぇよな。実はさ、俺、パプニカ国内に武器屋を作ろうと思ってさ。親父の店の支店さ。で、その売り物を物色している最中ってわけ」
「そんなモノは売り物にならん」
「ええっ?って事はポップは僕が作った剣を売りたいって言ってるのかい?む、無理だよっ!先生だってそう言ってるだろ?」
「だーかーらー。ノヴァの作った剣は充分売り物になんだよ。そりゃ、伝説モンの剣を求めている奴は見向きもしないだろうし、ダイあたりの力は吸収しきれねぇだろうけど。 それでも適正価格をつければそれなりに買い手はつくぜ? ついでに、ノヴァの名は何れ人間界での名工となるだろうから、その初期作品だってやっぱちゃんと世に出してやりてぇよな。未来の鍛冶師達は見たいと思うぜ?」
「そんな先までこの屑剣が持つか。数回振り回せば折れるに決まってる」
「そりゃ使いかた次第だろ?やっすい10Gの刀だって岩をたたき切った事もあんだぜ?」
「馬鹿らしい例えだな」
「まぁまぁ。オマケの特典もない事もないぜ?ノヴァが打つ刀を捨てるんじゃなくて、普通の剣として売れば少しは金になる。その金が溜まればいーい酒を仕入れられんだけど」
「―――――今度は賄賂のつもりか」
「そーじゃないって。剣だって、質のいいモンにはすっげぇ高い値がついてるもんだろ?酒だって同じだ。 職人が丹精込めて作り上げた名品にゃ、伝説の剣にも勝るような馬鹿高い値がついてる事がある。 んなとこまでは手ぇ出せるところじゃないが、やっぱいい酒はそれなりに高いんだよ。手間隙かかってっからな。あんただってどうせなら美味い酒の方が飲みてぇだろ?」
「・・・・・・・・・別に俺は」
 と、否定の言葉を口にはするもののロン・ベルクの表情より険しさは消えている。それなりの間共に暮してきたノヴァには、彼の心が大いにぐらついているのが見てとれた。
 ああ、先生揺れてるなぁーやっぱりポップ相手だとこうなるんだなぁ、などと話は自分の事だというのにすでに傍観者の位置で見守るノヴァだった。 結局、師であるロン・ベルクが「YES」といえば決まりなのだ。弟子は師の言葉に従うしかない。
 そして、三度の飯より酒が好き、人生(魔族だが)半生酒と共に生きてきたようなロン・ベルクがポップの誘いの言葉を断るわけがないのも、またわかりきった事なのだった。
 
 
「んじゃ、頼んだぜー。頃合見計らって引き取りにくっからー」
 話が決まれば長居の必要無しとばかりにポップはすぐさまリンガイアへと飛び去っていった。
「全くあいつは鉄砲玉だな」
「ポップですからねーーはは。・・・・・先生?」
 光の筋を見送ると、ロン・ベルクが真剣な表情を浮かべて振向いた。
「ぐずぐずしていられん。始めるぞ。売るからには屑よりはマシ、と俺が判断できる品にせねばならん。厳しくいくから覚悟しろ」
「えぇっ?今よりも厳しくーっ?!」
 ノヴァの口から思わず悲鳴が上がる。何しろロン・ベルクという師は大変厳しい鬼師匠なのだ。 今まででも充分厳しかったというのにこれ以上―?と思うとノヴァの背筋をぞっと悪寒が這った。
「当たり前だ。いつまで遊び気分でいる?剣を打つのは戦いと同じだ。お前の魂を込めろ。そうすればちゃんと剣に力が宿る」
「――先生」
 じん、と師の言葉にノヴァの胸が熱くなる。が、続く言葉で少し失速。
「剣の質が上がれば売り値もあがる。それだけいい酒が手に入る」
「・・・・先生」
 それが本音なんですね・・・・とノヴァは胸の中で溢れる涙をそっと拭った。
 
 その日より、ロン・ベルクの指導は厳しさを増し、鬼教官もかくやという有様であった。 戦士として厳しく育て上げられたノヴァが思わず「・・・・母さん」と、遠い夜空を見上げずにはいられぬ程に。 が、その甲斐とロン・ベルクの熱意もあってノヴァの腕は着実に上がっていったのだった。
 この試練を乗り越える時がくれば、その日こそ、ノヴァに北の勇者の称号が相応しきものとなるだろう。
 
 
 
 
 ――――――――――――――多分。
 
 
 
[ date: 2005.05.21 ]
 
 ポップ&ノヴァ&ロン・ベルク。
 
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