ハーフな気分の恋心
 
 
 
  
 為政者というものは、のべつ暇無く忙しい。
 自堕落に過ごそうと思えば思う通りにできる。だがそれは国を傾けるだけともいえる。
 復興作業が落ち着いてきたとはいえ、一度は完膚無きまでに壊滅させられたパプニカ国を支える年若き姫にはその選択はできぬ相談だ。
 
 時に気晴らしに買い物三昧に耽るとしても
 時に溜まりきったストレスでプチ家出を敢行する事があっても
 時に言葉のサンドバッグとして魔法使いに当り散らす事があろうとも
 
 パプニカ国のレオナ姫といえば、その容姿の端麗さ、涼やかさ、その魂の誇り高さ、その頭脳の比類なき明晰さを、世に詠われる存在だ。
 風にも斃れそうな優美でたおやかな外見に反し、かの戦の際にもアバンの使徒の一員として最前線で戦い抜いた事は人々の記憶に焼きついている。
 まだ10代の若さで、彼女は一人国家の矢面に立っている。民達は自国の姫に心酔し、なるべく早く名実共に女王の座についてくれる事を望んでいた。
 戦いの最中にあっては、例え絶望的であっても、国王・王妃の生存を信じてあくまで臨時に姫の立場を通す事も許された。
 が、戦いは終わり、めざましい勢いで復興が進み、そして最後の砦ともいえた勇者が帰還を果たした今現在となっては、その声は一層高まっている。
 さすがに「万が一の場合に備えて早く世継ぎを・・」などという生臭い話を賢者の卵である彼女に面と向かって言う者は多くはないが、 それでも女官達の中にはそんな風にせっつくものも居ないわけではないらしい。
 たった一人の世継ぎの君にもしもの事があったらと、案じる気持ちはわからなくもないが、それでも配慮に欠ける物言いではあった。
 公私に渡り彼女を支える三賢者を介してではなく、直接進言するあたり、悪意はなくとも後ろめたさはあるのだろう。
 彼等の耳に伝われば、間違いなく「姫様を煩わせないで下さい」と、ばっさり切り捨てられるに違いないのだから。
 
 
「――わかっては、いるのよねぇ」
 ほっと悩まし気な溜息をつくレオナは当代もって18の女盛り。まだ少女の可憐さを残しつつ、成熟した女性の魅力が備わりつつある。
 彼女の勇者、『ダイ』という存在があっても、自国に限らず他国の若者達より求婚の列は引きもきらない。
 高価な、一国の姫をしても呆気に取られずにはいれないような貢物を携えて足繁く通う者も少なくなかった。
 それら全てに丁重なお断りを入れているのが現状ではあるのだが、あまりに過ぎると愛情あまって何とやら、で角が立ちかねない。
 野心やら欲やらで近づいてくる者にはそんな気遣いは無用であるのだが、充分に魅力的であるレオナ本人に惹かれている者の方が圧倒的に多い。
 純粋なる好意であるほど、実に厄介なのだ。
 
「どーした、姫さん」
「女の子には悩みが尽きないの」
 大量の書類の束に突っ伏して憂鬱な様を見せるレオナに、やはり大量の書類を抱えて鬱屈を抱えていたポップが気遣うように声をかける。
 一般的には若年の部類であり、まだまだひよっ子と侮られる二人であるのだが、その類まれな頭脳は優秀な為政者のそれである。
 この若い二人の頭脳がパプニカ国を動かしているといって過言ではない。
 最も、王族として生まれ育ったレオナと違い、平民生まれの平民育ちであるポップとでは心構えが違う。
 ポップはあくまで親しい友人の為に力を貸しているだけであり、どれほど渇望されたとしても本人にその気が失せれば引き止める術はない。
 女性に弱く押しに弱い、と簡単に付け入れそうに見える彼ではあるけれど、実の所はいたく頑固だ。 アバンに憧れ生まれ故郷を身一つで飛び出して押しかけ弟子になったあたりからして、そういう面は明らかである。
 
「もてる女は辛いわー」
「ま、否定はしねぇけど」
「否定ぃ?この有様を見てどの口が言うのかしら?」と、息荒く指し示した先には決済待ちの書類に負けず劣らず積まれた恋文の束。
「全く、過ぎたる人気は重荷だわ」
「律義に返事出してるからだろ」
「仕方ないじゃない。やんごとない身分の方が多いし?あ、そうだ、ポップ君、手伝ってよ!!」
「えぇぇ〜っ?勘弁してくれよ。ばれて恨まれんのはゴメンだぜ」
「ケチ」
「レオナが決めちまえば解決すんだろ」
「そうね」
 その通りなので素直に頷く。若くて美人の年頃の気高き姫。これで求婚者が出なければ嘘である。 とくに王族の婚姻は早いものであるし、実際の婚儀が成人してからだとしても婚約者の類はそれこそ生まれてすぐに決められたりする場合もある。 まぁそれは極端な例であるけれど。
「ふーん。ダイが嫌んなったか?」
「そんなわけないでしょ」
「へーへーご馳走さん」
 どんと机を叩いて否定すると、肩を竦めて詫びてきた。悪いとは思ってもいない顔で。本気で言ったわけではないのだから、これはいつもの軽口の応酬。
 だからそのまま。冗談に紛らわせたまま。ほんの少し本音を紛らせる。
「――ダイ君はどうかしら?」
「あいつはレオナが好きだよ」
 にこりと、間髪入れずに親友を擁護する彼は、彼の親友を信じて疑わない。疑り深さと用心深さを自らの役目と課した彼であっても無条件で信じられる少年。 それが勇者ダイだ。自分が信じらなくなっても、ポップだけは信じていた。離れている時の長さに諦めを覚えかけた時も、ずっと彼だけは、諦めなかった。 時にそれは嫉妬さえ生まれさせるものでもあったのだ。それがどちらにかは、答えを出さない曖昧の領域に埋めている。
「うぬぼれじゃなくてそう思ってるわ。だけど―」
「だけど?」
「――」
 促すポップの視線を受け、そのまま舌に乗せようとしていた言葉を一端止める。
 
 驚いたような表情。
 咎めるかのように僅かに潜められた眉。
 躊躇いがちに開きかけた口許。
 それでいて。
 静かすぎる瞳。
 揺らぎすらなく。
 
(反則よね。わかっていて――言わせるんだから)
 
 
「――ねぇ、ポップ君」
「あ?」
「まだ、マァムの事、好き?」
「はぁっ?!な、なんだよいきなり」
 焦りどもる口調で顔はといえば真っ赤っか。
 そんな所はかつての姿そのままで。
 だけど?
 それが本心からなのかどうかなんて見極めつかない。すっかり本音を隠し通してくれる人になったから。 青年となっても少年っぽさを残したままでいる彼は、つくづく自分と似ているのだ。
 
 
 
 
 
 
「あなたは好きに伴侶を選ぶのよ」
「お母さま?」
「国の為なんていって自分を殺す事なんてありませんよ。好きな人と、力づくでもね、幸せになりなさい」
「でも私はこの国の世継ぎの姫です。王家に生まれた者には責務があるでしょう?」
「賢いあなたならば大丈夫。相手が歌うことしか能のない詩人でも、世間知らずの賢者でもね」
「賢者は知を知る者でしょう?」
「頭でっかちのお馬鹿さんね」
「――お母さま」
「ふふ。そうね。あなただけの勇者でも良いかしら。姫と無鉄砲な勇者。ロマンスの基本よ?役立たずの魔法使いも良いかしら?」
「――頼れなさそう」
「そうねぇ」
 正直な感想を述べると、母は楽しそうに慈しみを込めた視線で微笑んだ。
 
 
 
 
 
「姫さん?」
「――お母さまにね、お婿さんに勇者はどう?って言われた事があったの」
「へぇ。公認じゃねぇか」
 にやにやと笑う表情が憎らしくて、つんと顎を逸らせて挑戦するかのような表情を向ける。最も、そんな顔でびびるような彼ではないけれど。
「――初キスはダイ君だったわ」
「俺、惚気られてる?」
「――ポップ君は私の裸を見たわよね?」
「あ、あれは事故だろ?それにヒュンケルとかも見ていたかもしんねーぜ」
「彼はいいの」
「なんだよそれ。・・・・チウは?」
「――毛狩りしちゃおうかしら」
「おいおい。そりゃ幾らなんでもないだろ」
 想像しただけでも哀れを呼び覚ましたのか、チウとは仲が良いとは言えぬ間柄でああるももの、かなり同情心が沸いたようだ。 実際、つるりとのぺりとしたチウの姿は――確かに哀れに見えるだろう。が、それぐらいのお仕置きは相当だとも思う。 もしも、この自分の裸を目にしたとすれば、まだ足りないぐらいである。
 かつて母にも「ファーストキスの相手は大事にしなさい」「裸を見られたら、相応の代価を払わせなさい。貴方の裸体は宝石よりも価値があるのよ」などと言われた。
  
 だから。 
 それだけでも‥‥繋ぎとめる理由にならなくも、ない。 
 
 
「私の裸は高いのよ?」 
「‥‥‥へーへー。その分働きますよ、レオナさま」
「よろしい」
 
 茶化す彼に鷹揚に頷いてみせると、彼は包み込むような表情で破顔した。
 
 
 兄のような。
 相棒のような。
 悪友のような。
 戦友のような。
 
 
 今は、そんな関係。
 
 恋に震える乙女の心はダイ君に、向けたもの。
 かつてはそれが全てだった。
 
 今は――時が流れて――
 半分だけ。
 
 半分だけの、恋心。
 
 
 
 
 
[ date: 2005.05.14 ]
 
 レオナ→ポップ。レオナ<・・ポップ
 
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