お手をどうぞ?
 
 
 
 
 ふらりと旅に。
 放浪癖のある者にとっては、それは息をするのと等しい程に訪れる欲求だ。
 そして冒険者という性質上、その手の欲が普通より強いのもまた当然と言える。
 復興に追われた日々。それは振り返るよりも前へ、前へと、明日だけを見つめて走る続ける日々だった。
 勇者の捜索に明け暮れていた日々。追われるように、過ぎていく時間を指の隙間からこぼさぬように、必死で足掻いていた。
 そんな日々の中では考える余裕もなかったのだけれども。
 消えた勇者が帰還し、世界も落ち着き安寧を取り戻してくれば、誘惑はここぞとばかりに耳元に囁いてくるわけである。
 
 
 
「――行きてぇなぁ」
 ふっと一瞬遠い目を空に向け、呟いたのが他の者であったなら、恐らくは誰も引き止める事はなかったに違いない。
 
 例えばそれがダイであるなら。
 人とは違う生き物達に囲まれて育ってきた少年には、王宮という箱庭の中での生活は窮屈に違いない、と。
 例えばそれがヒュンケルであるなら。
 王女その人より赦しを得たとしても、やはり己が滅ぼした国に使えるのは苦痛に違いない、と、思われるであろうか。
 例えばそれがマァムであるなら。
 心優しい彼女は、仲間であり、友でもある王女の為に其の国に留まる事を決めたものの、故郷とそこに在る母の存在はやはり心にかかるであろう。
 例えばそれがレオナであるなら。
 王族としての心を備え、見事なまでに体現している彼女であっても、その本質は両親その他の拠り所を喪ったまだ年若い少女であり、重責に耐え切れず、時に逃げるまでなくとも気晴らしぐらいはしたくもなるだろう、と。
 誰がそれを口にしても、訴えたとても、「ああ、そうだね」、「そうしたいだろうね」、と納得し、また背をも押し出してくれるだろう。
 けれども。それが何より誰よりポップであるなら。
 誰よりも自由を好む彼の性質を皆が知らぬわけではない。
 武器屋の父親と、魔法の師であるマトリフが広言と王族嫌いを言葉にしているばかりでもでない。 彼等よりは王族や国というものに対して、ポップはそれなりの憧れや敬意を払ってはいる。 けれども、それでもやはり壁を置くかのように、自らの身をその中に置く事は考えていないようであった。
 
 大魔道士としてその名が知られ、けれども平和になった世では強大な魔力――特に破壊を伴う攻撃魔法などは無用の長物であるとも言えるのだが、それを外してもポップの評価というものは実は本人が思っているよるもいたく高い。
 親しみ易い外見と、軽すぎとも言える口調は庶民出そのままでありながら、時折鋭く光るその視線は冷徹な計算者のそれで、廻る弁舌、頭の回転の良さは帝王学を受けてきたレオナをも唸らせるものであり、歴史あるパプニカ国の、崩壊を経てもなお膨大なものである書庫に入り浸り、また知己であるメルルを媒介としてかの国の貴重な資料をいつでも閲覧できる許可を得ているポップの知識量は、実の所、賢者顔負けですらあった。
 いつそんな暇が、と首を傾げる所であるのだが、転寝する彼の脇に積まれた書物はいつも山となり、その背表紙を眺めるだけでも顔ぶれが違う事はすぐに知れた。
 もともと、遊びに紛れてではあったが師であったアバンはポップに対して他の者とは異なった教育を充てていたようだ。その点でも、まっさきにポップの才を見出したのはアバンであるのだろう。資質の見極めという点においてアバンの右に出る者はいない。
 アバンの知識は広範囲に広がる知識と、またマトリフの教育も行き渡ったポップは。下手をすればパプニカの誇る三賢者達よりも賢者という称号に相応しい人物であるのかもしれない。 そんな彼であるからこそ、惜しむ。そして欲する。自らの手札として引き込みたく思うのは、至極当然の事でもある。
 ただ今までは、親友であるダイの側から離れる気がないようであったし、何よりアバンの使徒達の結束は音に聞こえたものであり、そして英雄達の偉業は皆の知る所であるので、パプニカという歴史は長かれど、国としてはさほど大きくはないそこに、彼等のような有り余る才を持った者達が集結している事も特に問題とはされていなかった。
 だが共通の敵という、手を携えるに最も相応しい理由がなくなった時、それぞれ敵対はせぬものの国の面子というものもあるもので、国々は自らの国を何処より栄えさせたく思い、行動していく。そして、その為には優秀な人材が数多く必要なのである。
 
 戦う力はいらない。
 破壊の力はいらない。
 創造と繁栄をもたらすことのできる人物こそ誰もが咽から手が出る程に望んでいる。ポップという年若き魔法使いは、まさにその希望にぴたりと適う人物であったのだ。
 勿論、パプニカ国に集った者達の考えは違う。レオナの教育が徹底していた為もあり、彼等は自国を強靭にするといった考えには固執しない。
 むしろ互いの国がそれぞれ競いあい、手助けしあい、争う事なき調停者の立場を求めていた。勿論唱える程にすんなり上手くいくものではない。 各々の主張がぶつかり合い、あわや、という状況も幾度も起こった。そしてそんな交渉の場において素晴らしい手腕を発するのがやはりポップであった。
 パプニカ国の誇る三賢者達はまだ若い。年の面からいえばポップの方が断然若いが、三賢者達は所詮神官の出であり、柔軟な思想という面は到底望むべくもない。数々の戦いを経て、苦しみ、傷つき、そして立ち上がり、精神を鍛え上げられたポップに及ぶべくもないのだ。また、ただの子供であった筈のポップに秘められた才というものは、実の所アバンをして呆れずにはいられない程であった。
 臆病な逃げ足だけが速い泣き虫の子供。それは守られていたが故であった。
 さぼるのが大好きな怠け癖のある、無責任なお調子者。それだって当たり前だ。誰だって、自ら望んで苦しもうとはしないだろう。 楽しく生きていきたいと思うだろう。だから、それは当然であったのだ。
 
 
「――貴族院から、ポップ殿は大変忙しいようでその尊き顔をなかなか拝顔できませんって恨みまがいの訴えが出ているわよ。 王族たる私の方が用意に面会できるってどういう事かしらねぇ?」
 にこりと、可憐な顔立ちに貫禄と重圧を乗せて微笑むレオナに対して、ポップは嫌味は軽く肩を竦めてみせた。
「ああ?だってさぁ、あいつらいっつも愚痴やらぶつぶつ言うばかりで肝心な事をなかなか話さねぇし、言ってる事も毎度同じ事だし、時間の無駄なんだよ。それより優先すべき事は山ほどあるだろ」
「外を飛び回ってばかりいるからだろう」
 王女を援護するかのように兄弟子が言葉を挟む。それは叱責ではないのだが、嫌味ととってかポップの眉間に皺が刻まれる。
「しょーがねぇじゃん。リンガイアの国境線が緊張してんだろ?放置しておくわけにもいかねぇし。あの辺りの奴は血の気の多い奴ばっかだし、騎士様上がりは面倒なんだよな」
「あら、北の修道院に大魔道師様が現れて、数々の奇跡を起こしたって聞いたけど?」
「や、大した事してねーって。別に俺じゃなくてもお前達でも何とかなったと思うぜ。ちっと厄介だったかもしれねーけど」
 ポリと頬を掻きながら明後日の方を向きつつ弁明するポップは、マァムに褒められたというのに、調子に乗る事もなくむしろ謙遜してみせた。
「ねぇポップ、ランカークスに全然戻ってないだろ?ロン・ベルク経由で叔父さんから伝言入ってるよ」
「――あちゃー…悪ぃ、手紙出した筈なんだけど・・・あ、やべぇ、栞代わりに挟んだままだ。あの時、山間部で川が氾濫したって報に慌てて飛び出したからなぁ」
 親友であるダイの言葉に、ポップは拝むように詫びを入れる。鉄砲水ならぬ鉄砲玉の息子は、家族にも不義理をしているようであった。
「ポップさん。お願いされていた水の神殿に関する記述の載った本ですが、」
「あ、それ。ぜってぇ見てぇ。見ないと後悔する。何がなんでも都合つけるぜ」
 躊躇いがちに、控えめな進言をするメルルに、ポップは喜色を表した。テラン王の好意があるとはいえ、ポップが求める知識はどうも禁書の類に含まれる事が多く、例外的に期間を限定されて閲覧許可を貰う事がしばしあった。
「……本当にお忙しいようですね。そんな所に割り込むのは気が引けるのですが、一月後に控えた神殿主催の生誕祭において、是非大魔導士様より祝福の儀を行って欲しいと、 町家よりの 依頼が山のように来てまして――」
 ついにはレオナの背後に静かに控えていたアポロがここぞとばかりに口を挟むにあたっては、ポップは頭を抱えて蹲った。
「はぁ?俺、柄じゃねぇよ。何か勘違いしてねぇ?」
「ポップ君は人気あるのよ。――場合によっては、この私よりも」
「さすがポップ!」
「勘弁しろよ。ったく」
 がしがしと頭を掻くポップに同情しつつも皆には、何故そうなるのかと、理由がよくわかっていた。
「ま、そういうわけだから、ポップ君はふらふら遊んでなんかいられないわよ?逃がさないしねぇ」
 うふふ、笑うレオナの姿は小悪魔そのものである。恋する乙女の定石からいって、ダイに対しては可愛らしい面を見せているのだが、ポップに対してのレオナの態度というものはいつもこんな感じである。
 強力な後ろ盾もなく、いつも精一杯ピンと背を伸ばしたち続けるしかない少女にとって、ポップは唯一といっていい程に甘えられる存在なのだ。レオナもそれは自覚しており、そしてポップもまた、理解したままにそれを受け入れている。
「――酷ぇ。ああ、師匠の気持ちが良くわかったぜ」
「聞き捨てならないわね。ポップ君に対して嫌がらせでもあるの?誰か横槍を入れているのがいるなら教えて頂戴。思い知らせてあげるから」
「物騒だな〜。……別に、ねぇよ」
 否定はするが、それが真実ではないだろう。ポップという存在は本当に嘘をつくのが上手い。自分で対処できるから、放っておいて構わねぇよ、との意志を受取ったレオナはそれ以上は追求しなかったが、本音の部分では水臭い、とも思っていたりする。
「早く、楽になりてぇよなぁ。平和になったら開放されると思ってたんだけど、なんでこんないっそがしいんだぁ?」
 ぼやく言葉に周囲の視線が逸れる。そこまで忙殺されているのはポップぐらいであるという事実を皆は知っているからだ。こなしてしまうのが悪いのか、頼りすぎる周囲が悪いのは間違いないけれど。
「俺、定住に向かねぇんだけど」
「アバン先生に押しかけ弟子になったくらいだもんね。戦うの怖かった癖に」
「まぁな。逃げるつもりじゃねぇけど、あてもなく旅をしてぇっ、て思う。俺、旅人ってのが性に合ってるみたいだから」
「でも、ポップを一人にするのは危なっかしいわ」
「これでも大魔道士だぜ?」
 たは〜と情けなさそうな表情になったポップはそれを言ったのが想う相手のマァムでなければ憤然と文句を言ったであろう。
 マァムの言葉だから反論しないというわけではない。むしろ口惜しく想っている。けれども心配してくれるのも微妙に嬉しい。――複雑な男心である。
「お前が強いのはわかっている。だが、やはり放ってはおけない。もしもお前が旅に出るとしたら誰かを必ず連れて行け」
「何だそりゃ、護衛かよ〜」
「あら、仲間でしょ?助けたり、助けられたり。ポップ君が行くなら私も行ってみたいわ」
「そりゃ無理だろ、姫さん」
「そうだよ。それに行くなら俺と一緒だよね!」
 ばっと、立ち上がり喜色を示したダイは、親友と一緒に再び冒険の旅に出るのが心底待ち遠しそうな表情であった。 が、幾ら勇者、仮にも竜の騎士――とはいえ、そうは問屋が卸さない。
「勇者と魔法使いじゃ目立ちすぎるだろう。俺が共に行こう」
「戦士でも対して変わらないわよ。私が行くわ」
「それでしたら私も」
 ついには常に自分を前に出さず、控えめに、控えめに、正に忍ぶ女性の代表ですらあるメルルまでついには参戦してきた。
「あらあらポップ君もてもてね」
「ってぇより、ダイの捜索隊じゃねぇか。マァムとメルルと俺じゃ」
「そういうポップ君が選ぶのなら誰?」
「俺ぇ?」
 何気なさを装ったレオナの言葉に緊張が走る。皆の意識が集中した事にポップだけが気づかない。
「まぁ一人の方が気楽なんだけど・・・そーだなぁ、中途のままで心残りもあったから、………アバン先生、かなぁ?」
「嬉しいですね」
「ア、アバン先生?」
 突然沸いて出た声に、皆がぎょっと振り替える。さすがは『元』勇者アバン。弟子達の不意をつくぐらい容易であるようだ。
「私も、そろそろ窮屈さを感じておりまして。それが洩れていたのか、フローラから出奔許可が出ました。はは、三下り半ですかねぇ」
「違うと思います」
「はっはっは。ただやはり一人では駄目だという事で誰かと一緒ならという制約付きです。ポップならば問題なしということでして」
「へぇ。両思いですね。俺達」
「そうですね」
「待ってよ!さっき勇者と魔法使いは駄目だって言ったじゃん!」
「ダイは目立ちすぎんだよ」
「アバン、出張りすぎではないか?幾ら師とはいえ」
「私もまだまだ若いですから。――貴方たちは大切な弟子でしたけれど――旅をね、楽しいと思ったのはポップが傍らに居る時でした。ポップからは、風を感じるのです」
「何か照れ臭いっスね」
「私もこういう本音を漏らすのは恥ずかしいのですが、ポップに対しては卒業の証を出したくなかったというのが本音でして」
「アバン先生でもそういう事、あるんですね」
「悪い意味ではないんですよ。ただ証が無ければ、ポップはずっと傍らに居てくれる、かなと思ったのも確かです」
「それは職権乱用ではないか」
「私だって人の子ですよ。共に居て本当に楽しかったんですから」
「俺だって先生とずっと居たかったですよ。あんな事さえなければ。勿論、ダイや皆に会えた事はすごく良い経験だと思ってるし、どっちが良かったなんて言えないですけど」
「ポップは俺達全員とアバン先生一人と比較するの?」
「お前、時に痛い所突くなぁ。あのな、自分に置き換えてみろよ。やっぱアバン先生は特別だろ?もしくはレオナの方が分かり易いか?」
「え?えええ?」
「ポップ君、あまりダイ君を困らせないで。まだ、そーいう方面は未熟なんだから。下手に突付いて嫌な結果が出たら困るわ」
「別にんな結果でるわけねーだろ」
「どうかしらねぇ」
「?ま、それはともかく、行っていい?」
 許可が必要なわけではないのだが、ポップは律儀にお伺いを立てた。だが――
「駄目」
 きっぱりと言い切るレオナにポップは鼻白む。
「即答かよ」
「私も反対」
 きっと厳しい表情で挙手するマァムの姿にポップの顔が意外そうに歪む。好きな女の子に危なっかしい発言された事は今更であるが、それは歓迎すべき事ではないけれども、それよりもそこまでマァムが干渉してくる理由がわからなかった。そんなポップの葛藤が傍らで見ていてすぐにわかるのか、勿論それだけの洞察力を持っているのはこの場で二人ぐらいであるけれど、彼と彼女は揃って視線を交わしあった。
「アバン先生と一緒でも?」
「………反対」
「ええっ?さっきのと違くねぇ?危なっかしいから反対だったんだろ?アバン先生ほど頼りになる人、居ないんじゃねぇ?」
「それは俺では頼りにならないという事か」
「どうしてそこでお前が主張してくんだよ」
「兄弟子としての矜持ですかねぇ」
「アバン先生も煽らないで」
「はいはい。ポップは愛されてますねぇ。私の自慢の弟子ですよ」
「どこが愛なんですか」
「愛という奴は時に束縛となるのです。ジュニアール家に代々伝わる家訓によりますとね……」
 お約束の如く始まったアバンの歴史ある言葉の数々を、アバンの弟子たる少年少女達はすでに聞いてはいない。 喧々囂々と、それぞれの発言を主張しあい、険悪ではないのだが、緊迫した空気がそこには流れていた。
 
 そしてその中心にあるのは、困ったような、気弱気な笑みを浮かべて何故彼等がこうも興奮するのか、何故皆が対立しているのか全く理解していないながらも、 宥めたり謝ったりを続ける魔法使いの少年なのだった。
 
 ――――魔法使いはその手に誰を、掴むのだろうか。
 
 
 
 
 
[ date: 2005.05.05 ]
 
 ダイの大冒険。大もてポップ。趣味丸出し。
 
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