別離の日
 
 
 
 
「ポップって鈍いわね」
「はぁ?」
 
 突然の、あまりといえばあまりの言葉にずるっとこけたポップはそのまましばらく立ち直れなかった。 大体、言うに事欠き、という奴である。おめーにだけは言われたくねーよ、おめーにだけは、というのがポップの本音であろう。 何しろマァムという女性は折り紙つきの鈍チンであるからだ。
 同時に、他人の事には偉く鼻が効く、それこそほんの僅かな芽生えたばかりの感情にすら気づくポップであるのだが、己に向けられる感情にだけは鈍いポップであるので、あながち間違いではないのだけれど。
 
「いつまで待たせるの?それとも、心変わりしたの?誰に?」
「ええっ、ち、ちょっと待てよっ落ち着けっ!しかも拳振って言う事かぁ?」
「あ、あら、ごめん」
「てて。相変わらず暴力的な女だな」
「ごめんなさい」
「・・・・えーと、あの、な。話戻すとつまり」
「・・・・・・・・・・・」
「何でそーいうコトになったんだ?ヒュンケルは?」
「どうしてそこでヒュンケルの話が出てくるのよっ!ぶつわよ」
「殴ってから言うなよな」
「ダイが戻ってくるまでは、それどころじゃなかったし、戻ってからもポップってばずっとレオナの補佐で急がしかったし」
「復興作業とか調停とかいった地道な作業にダイは不向きだからなぁ。そりゃ、姫さんにはバダックさんとか三賢者さんとか居るけど、それでもパプニカの人手不足は甚大だ。一度、壊滅させられてっからなぁ」
「……………」
「睨むなよ。――だからこそ、きちんと立ち直るまで手助けするのは俺の役目なんだ」
「どうして?」
「ヒュンケルの奴も、向かねぇだろ。姫さんの許しもあって、あとやっぱ騎士って奴は強い奴を無条件に憧れるのかあいつに好意的な奴も増えてきたけど、それでもこの国が崩れたままだとあいつも苦しいだろ?」
「ポップったらヒュンケルの事好きなのね」
「はぁ?ふざけんなよ。俺が好きなのはおめーっ・・・・・・あ」
「本当?」
「・・・・・・・・嘘は言わねぇよ。俺はずっと好きだった。あの時も、今も、その気持ちだけは変わらない」
 真摯な瞳に隠し事はない。いつも上手に嘘をつくポップであるけれど、そこに嘘はないと確信できた。
「良かった」
 ほっと微笑むマァムの表情は、幸福に満ちた女性のものである。 一目見ればその想いが何処に向いているかなど全て丸わかりという程の――けれども己の思考に気を取られていたポップはそれを見てはいなかった。
「・・・・・・・・・・けど」
「ポップ?」
「俺の告白な、無かった事にしてくんない?」
「ポップ!」
「気持ちは変わらないなんて、言わなきゃ良かったかな。心変わりしたって言えば、お前信じただろ?だけど、嘘、つきたくねぇんだよな」
「どうして」
「ヒュンケルの事、支えてくれ。そしておめーにも、……幸せに、なって欲しい」
「私は貴方が」
「俺、すっげぇ嫉妬してるけど、俺の代わりにお前の事任せられるって言ったら、やっぱヒュンケルしか浮かばねぇ。エイミさんには悪ぃけど、ヒュンケルだってお前の事好きなんだし」
「私の気持ちはどうなるの?」
「ヒュンケルの事好きだろ?」
「兄弟子として、仲間として、傷つき易い友として、よ。未熟だった私だけど、ようやく自分の気持ちが何処にあるかわかったの」
「・・・・・・・・口惜しいなぁ」
 マァムの言葉にポップは一瞬目を見張り――次いで嬉しそうな表情を浮かべ――そして見る間にまた表情を改めた。全てを諦めた、諦めきった静かな表情がそこにある。
「ポップ!ちゃんと話して!」
「・・・・・・・・・・俺、持たねぇんだ」
「!」
「あともって、三ヶ月。回復ももう殆ど効かねぇし」
「ど、どうして」
 ガクガクと震え、青ざめた表情のマァムにポップは感情を込めない事務的な声音で秘めていた事実を告げる。
「ガタがきたんだな。禁呪、使いまくったもんなぁ」
「禁呪?!」
「一年先の未来より、一分先の未来の方が大事だったろ?手段があれば構ってなんかいられなかった」
「り、療養して暮せば」
「駄目。もう、終わりはわかっている。メルルにも言われた。何をどう探そうとしても、希望が見つからないって」
「―――だから、メルルはずっと会いに来ないの?」
「ん、悪ぃ」
「………………」
 
 沈黙だけが流れる。ポップはすでに決めていた。諦める事。選ぶ事。それはポップの意志であるけれど――マァムがそれに従う必要はない。
 思うままに生きていく。一年先だろうと、十年先だろうと・・・・、この先、ほんの瞬き一瞬の先しか時間がないとしても―――
 ぎゅっと拳を握り締める。辛いだろう。苦しいだろう。哀しいだろう。何度涙を流す事となるのかわからない。それでも、ようやく見つけた答えから、目を逸らす事などできない。 いや、したくないのだ。
 
「結婚しましょう」
「へ?」
「同情なんかじゃないの。そんな事言ったら、病人だろうが何だろうが、殴るから」
「怖ぇな」
「三月しかないのなら、その日全てを、私にちょうだい」
「……マァム」
「パプニカはもう大丈夫よ。ね、二人で暮らしましょう」
「・・・・・・・・置いていっちまう。駄目だ」
「誰が駄目なんて決めるの?私は今あなたの手を離す方が嫌だわ」
「マッ」
 引きとめようとしたポップの手を振り払い、引き寄せる。口では適わないのなら――力で適わない事を思い知らせてやれば良い。 逃げ足だけは速いポップなのだから、無理矢理、力ずくで引き止めてしまえば良い。
 縋る女なんて似合わない。泣き崩れる女なんて似合わない。自分もまた、かの女王の駒アルビナス同様、戦う女なのだ。
 
「――――」
「貴方が好きなの」
「・・・・・・・・・俺も、好きだよ」
 
 どちらともなく、二人の影は静かに重なった。
 
 
 
 
 
「結婚?あらーポップ君、意外にやるわね」
「違うわよ。プロポーズは私からしたの」
「ええっ?マァムから?」
「ま、そーいう事。で、相談なんだけど、姫さん。これを機に宮廷魔道師の職、辞させてくんねぇかな」
「家族が出来るならそれこそ職が必要でしょ」
「新婚家庭温める暇もないじゃねぇか。……半年ぐらい、ゆっくりしたいぜ」
「……わかったわ。じゃ、休職扱いにしてあげる」
「いや、俺は辞めてぇって」
「駄ぁ目。ダイ君も私も、離さないから。頼りにしてるのよ、ポップ君?」
「――ん〜」
 苦笑するポップは周囲に気づかれないようマァムに視線を送る。マァムはそれを受けて小さく頷いた。
「んじゃ、そこらあたりは帰ってきてからで、いっかな?」
「……仕方が無いわね。あら、ヒュンケル、」
 その時現れた存在に、レオナは続く文句を引っ込める。正直ポップは助かったと思った。
「おめでとう」
「悪ぃ」
「?俺はお前達の幸福を祈っていたぞ」
 不思議そうな表情のヒュンケル、複雑そうなポップ。実際ヒュンケルがマァムに向ける表情が何であったのかは、本人にしかわからない。 いや、本人すらわかってないかもしれない。だが、マァムはすでに答えを出しており、今更蒸し返す事ではないのだ。
「ありがとう、ヒュンケル」
 兄弟子からの祝福にマァムはポップの腕を取りながら応える。そこにはレオナが好むような泥仕合の様子はなかった。
「ん〜、ま、いっか。さて、そうと決まればお式よね。何といってもアバンの使徒同士。盛大に行かせて貰うわ」
「わ、姫さん、それ、パス。俺達、これで行くから」
「え?ポップ?」
「引継ぎは全て済ませてあっから。新婚旅行で、世界を廻るんだ。半年ぐらいかけてじっくりと、な。絶対探すなよ?邪魔すんなよ?」
「その時は私も容赦しないから。じゃ、行きましょ、ポップ」
「ああ」
「ちょっ!ポップ君!マァムッ!」
 
 止める間もあれば、であった。二人の姿は光と共に空へと吸い込まれる。
 まるで太陽に呑み込まれたような、そんな錯覚を後に残した。  
 
 
 
 
[ date: 2005.05.05 ]
 
 ダイの大冒険。ポップマァム。終わりから始まる話です。
 
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