「いいのか?」
探るように覗き込んでくる視線。いつもは明るく眩しいばかりの、希望と光に包まれたそれが、彼の一面でしかない事を教えてくれる。
「捨てた筈の命だ。そしていつ消えてもおかしくない、な」
今更聞くなとばかりにきっぱりと言い切ると、眉間に深い皺が寄る。そのような物言いを好んでいないのはわかっていたけれど、そうとしか言いようが無いのだ。
大罪に染まり手を持つ自分には。
「か―っ、やめろっつっただろ、そーいうのは」
もっと自分に優しくしてやれと、この俺様を見習ってみろと、俺なんてアレよ?他人に厳しく自分に甘くを実践してるぜ?と散々言われてきた。だが、それを言う彼こそが最も自分に厳しいと分かっていないのがまた不思議なものだ。誰よりも聡い彼だのに、己の事はわかっていない。決して認めはしないだろうが。
「ま、しゃーないっちゃぁ、しゃーないんだろーけどな。お前の場合。だけどよ、その辛気臭ぇ面はどーにかしろ。周囲が気遣って仕方ねぇんだぜ?」
「お前のように笑えと?」
「――それができるたぁ、思ってねぇけど」
ふっと笑みを浮かべるポップであるが、その笑みの在り方は様々だ。最も多いのは道化の仮面。
彼が道化を演じる事によって相手は警戒心を解き、また頑なとなった己の心をリラックスさせる。
笑い顔には随分な力があると、ヒュンケルはポップに教えられた。だからといって自らが実践できるかどうかといえば、また別問題であるのだけれど。
意識して浮かべられるものなど、せいぜい冷笑がいい所だ。それでは反感を買って下さいと言わんばかりである。
ヒュンケルをよく観察すれば、見守るような、包み込むような笑みを浮かべている光景に時折あたる事ができるだろう。それが何によって引き起こされるのかもすぐにわかる。
容姿の整った陰のある美青年ヒュンケルは妙齢に限らず女性に大変もてるのだが、そんな際にヒュンケルの態度が和らぐ事は全く無い。
ヒュンケルが微笑む理由といえば、その弟弟子、妹弟子に関わる事に限るからだ。
「努力は、しないでもない。協力者があれば」
「‥‥協力?」
「『幸福な顔』とやらをすれば良いのだろう?時折で良いのなら、可能かと思う」
「へ―。お前もとうとう観念したのか。――で、どっち?」
皮肉っぽい笑いの中に僅かながら傷ついた色がある・・・と思うのは希望的観測だろうか。いや、望む意味ではない方向で傷ついているのは確かなのだろう。
ポップは長らく妹弟子であるマァムに片恋状態なのだから。
だが、彼は誤解している。その誤解を正そうとしなかったのは自分であるけれど。それはある種の逃げからだったか。現在の関係を壊すのが怖かったのだ。
「――さて、誰をしてどちらと言っているのか。俺は朴念仁だからな」
「自分で言うなよ。かぁっこのむっつり助平ぇがっ!」
「そういう真似をした事は今までなかった筈だが」
「だからむっつりだって―んだよ。裏で何考えていたのやら」
「ふむ。それはまぁ、色々だな。俺も半端な体ではあるが、不能というわけではないから」
「・・・・あのな。そーいう事ばっかはっきり言うのな。も、いーわ」
「そうか、良いか」
「?」
深い溜息を付くポップの肩をごく自然の動作で寄せる。そのままするりと手を滑らせて落ち着かせた腰元は頼りないまでに細い。
「・・・・・・お前、何してんの?」
「許可が出たからな」
「一応聞くけど、何の許可?誰の許可?」
「それは言わずもがな、だな。誰というのも、また」
「・・・・・・・・・・・」
ふっと笑みが自然と浮かんできた。自信がある。この笑みは、間違いなく『幸福の笑み』である事を。
「もしかしてもしかしなくても、そーいうコト?」
「今更気づいたのか。案外鈍いな」
「鈍いも何もねーだろっ!普通は思わねーよっ!かの魔戦士ヒュンケルが実は男が好きだなんてなぁっっ!」
「それは違う」
「何が違うって?」
半眼睨みの瞳が見上げてくる様すら――愛しいとは――正に重症だ。
「『男』に興味があるわけではない。『ポップ』だからだ」
「・・・・・・・・・・・」
「迷惑か?」
「――ま、しゃぁねぇな。これから、長い付き合いになるんだし」
俺の問いに返されたのは、否定ではなく肯定でもない、成り行き任せのような、そんな返答だった。
とん、と頭が胸に倒されてくる。
ほんの僅かな重みが、肯定の証なのだろうか。
腕の中の存在は逃げない。抱く力を強めても、振り払おうとはしなかった。
呆気ない程の告白。許容なのか同情なのかと、見定めるのを躊躇ってしまうようなポップの態度。―――だが。
先程の態度すら、ポップには計算のうちなのだ。自分の心など、こちらが自覚するより早く気づいていたに違いない。
全く喰えない・・本当に喰えない男なのだ。そしてそんなポップだからこそ、これほど囚われてしまったのだろう。
「お前が、俺の『存在理由』 だ」
「・・・・・・メーワク」
「すまんな」
「ま、誠意見せて、きっちょーな笑みひとつ浮かべてみろや。それでチャラにしてやっから」
「――――こうか?」
言われるままに、笑みを浮かべる。相手がポップであるから、それは造作ないことだった。
「・・・・・・・タラシ」
「何だって?」
「いんや」
「―――」
「―――」
聞き取れなかったポップの呟きに対する問いは、近づいてきた彼の顔によってうやむやとなったのだた。
[ date: 2005.06.11 ]
ヒュンケルポップ。たまには甘々。告白編。