賢者の惑い 
 
 
 
 
 パプニカ国三賢者。
 その呼び名は内外共に名高い。
 彼等が若さゆえに軽んじられる事はまずない。パプニカ国の党首からして未だ少女の域を出ないレオナ姫である。 それでも彼女の資質の確かさは、魔王軍との戦いにおいて遺憾なく発揮された。その視線はそのまま彼等へも向けられる。 三賢者達自身の実力が不確かというわけではない。レオナという少女の存在が飛びぬけているだけだ。
 神官から賢者へと、位を上げたのはそれほど昔というわけではない。 けれども、深い見識、静かなる物腰、そして神聖王国の名も高いパプニカにおいて要職についているという事実には誰しも囀る口を持たないものだ。
 端正な容姿と均整の取れた体躯。そして生まれ育ちと共に良家のそれと知れるアポロは当然ながら宮廷における人気も高い。 もし勇者の存在なくば、彼こそ姫の伴侶に相応しいという声があがったはずであった。いや今もなおその声はひそやかに流れてもいる。 保守的な考えを持つ者はどうあっても簡単に消えるものではないというのもひとつの事実である。
 ただし、これは血筋上の問題が取り沙汰されてはいるものの、その能力、名声の及ぼす影響は見逃せるものではない為、大魔道士の少年が何かと同時対抗馬にあがる。 おかげで比較的アポロの日常は平和を保たれていたりもするのだ。その点においてアポロはポップに多いに感謝している。 姫に対する忠誠心は揺るぎないものではあるけれど、生涯の伴侶となれる程の器量が自分にあるとは、アポロは思っていない。
 
「――浮かない顔してますが、どーかしたんスか?」
「ああ、いやポップ君」
「はい?」
 言いかけて止められれば人として気になるもの。しかも物問いた気というか、何処か縋るような視線を向けられれば尚更である。
「・・・・・その・・・君に、頼みが・・・」
「ですから何を?」
 ひょいと首を見上げるような感じで問いかける。体格の良いアポロの身長はポップよりも頭ひとつ以上等身が高い。 首が疲れて適わねぇや、と彼ばかりでなく他数名に相対する時に思う感情は当然ながら微妙な嫉妬心の入り混じったものだ。
 こういう時ばかりは、やたらと親友のダイに会いたくなる。何といってもダイはポップよりも更に小さかったから。 ただし、再会した時に記憶そのまま状態であるかどうかは不明である。父バランのように逞しく育つ可能性は大いにあった。
 アポロという人は、普段は曖昧な態度を取る事はない。むしろ公正明大、物事をはっきりさせるタイプだ。だが彼とて、賢者であっても、悩みはやはりあるだろう。 しかしそれを気軽に話せる相手を持てないのかもしれない。それでポップにお鉢が回ってきたという事なのだろうか。もしかすると恋愛相談の類かもしれない。
「ポップ君っ!!」
「・・・・はぁ」
 がしりと手首を掴まれこりゃ重症だぁと、振りほどくでもなくされるがままの状態で考える。 跡に残るかもしれない程に力を込められた手首は痛みを感じているけれど、あまりに真剣な相手の様子にそれを訴えるより気遣ってしまう。
 まぁ、何かと世話にもなっているし。これからも世話になるだろうし。色々お役立ちして貰う心づもりもひっそりあるし。 ――と、善意ばかりでなく打算からをも振り払う手は持たないポップである。
「君にしかっできないっ!」
「・・・・・・・さいですか」
 熱っぽい視線で訴えられてポップが義侠心でも駆られる筈は無い。なぜなら相手は男だから。幾ら美形であっても男相手に無償の親切心は抱けない。
「君だけが・・・・・頼む・・・っ!!」
「――だから、何を?」
 この人を理性的な人だと思っていたのは間違いだったか―?とポップは認識を新たにしつつあった。 どうやら追い詰められているようではあるが、それにしても主語がない。意志の伝達のしようがないではないか。
「ああ、すまない。・・・ポップ君、君は賢者になるつもりはないかい?」
「ありません」
 ああ、そういうコト―と頭が納得するより早くすぱっとお断り。ほぼ反射的に口をついた。
「―――そうか」
 がっくりと、少々不憫を感じる程にアポロの肩が落ちる。まるでポップがアポロを虐めているようですらある。
「柄じゃないっスよ?」
「そうは言うが、君の実力からいえば充分な筈だ。それに君のその力は賢者に類するものだろう」
「大魔道士です。けっこ気にいってるんですよ、この呼び名」
 賢者さまなんて、御大層な呼び名は自分に似つかわしいものではない。師匠と同じく『大魔道士』と呼ばれる事をポップは望んでいた。
「俺はあいつだけの魔法使いですからね、賢者にはなりません」
「勇者の魔法使い、か」
「ま、そゆ事です。今はあいつの代わりに、姫さんの魔法使いやってますけどね。ま、大した事はできねーっスけど」
「いや。君の存在にどれほど助けられている事か」
「そりゃ良かった。・・・・・・・・・・ところで、そろそろ手ぇ離してくれません?痛いんで」
「――あ、ああっ!すまないっ!!」
 ばっと慌ててアポロが飛び退るように手を離す。実は先程の状態のままだったのだ。 その為手首が痛いというのも事実であったのだが――それだけではなくて実は視線が痛いという理由もあった。 覆い被さるようにしてアポロがポップの手を掴んでいる光景は、見ようによっては迫っているようにも見えようというものだ。 普通ならばそれが何だという所なのだが、ここは普通でないようで、何やら遠巻きに見物客がちらほらと、ちょっぴり歓声も聞こえたりなんかして。 何というか、レオナのミーハーぶりが家臣達にも浸透してんよな―と思わずにはいられない。
 ついでに理由はもひとつばかり。実はこっちの理由の方が大きく比重が重い。何とゆーかやはり同様こちらを伺う視線なのだけれど。 いかにもな素人っぽい隠れ方ではなくそいつは見事に気配を消しこんではいるのだけれど。
(殺気丸出しだもんなー、・・・・・・台無し)
 ちなみにその殺気はポップに向けられたものではない。先ほどまでポップの手を握っていた賢者アポロにずくずく突き刺さっている。彼が戦士でなくて幸いだったのだろう。 その殺気だけで多大なダメージを負いかねない程のものだったのだから。
「――あ―そこの出歯亀元不死騎士団団長さん。出て来いよ」
「・・・・・・・・・・・」
「ヒュンケル殿?」
 呼びかけにのっそり現れたヒュンケルの姿にアポロが目を見張る。 ポップから見れば不機嫌そのままの表情なのだが、見極めのできぬ者からすればいつものの無表情なので、アポロは呑気に挨拶の言葉をかけている。
(まぁ鈍くて万歳って事かねぇ?人間関係を円満に築く秘訣だな)
 と、ポップはヒュンケルの不機嫌の理由もわかっているから御気楽にそんな事を考える。 最初は感情を押し殺すヒュンケルに反発もし、頭を悩ませたものだが一度理解すればこれほど分かり易い人物も居ないのであった。
「邪魔をするつもりはなかったのだが・・」
 などと断りの言葉を口にしながらヒュンケルはポップの脇に立った。行動と言葉が合っていない。最もヒュンケルにとってはこれは矛盾も何もない行動なのだろうが。
「いえ、そんな大した事では」
「その割には随分真剣な様子に見えたな」
 おいおいヒュンケルさんよ、お前いつから見てたんだ?と突っ込みを入れたいポップであったが敢えて口は挟まない。下手に突付くと後が厄介だからだ。
「――ええ、まぁ。ポップ君に賢者になる気はないかと、口説いていたもので」
「・・・・・・・・・・」
 一瞬ぴくりとヒュンケルの眉が跳ねる。馬―鹿。んな言葉にまで反応すんな。こっちが恥ずかしいじゃねーか・・などと悪態を突きたいポップであったが、 アポロを前にしているのでいつものへらりとした表情を崩さない。これも一種のポーカーフェイスである。
「だからアポロさん、俺は賢者になるつもりはねぇって」
「ああ、それもよくわかった。だが、君が賢者になってくれれば・・・」
 心底がっくりと項垂れるアポロの姿には同情を抱かぬでもない。何故そのような事を言い出したかの理由も検討がつくから尚更だ。
「俺が居たって変わらんスよ?逆らわねぇ事にしてますし」
「・・・ポップ君でも駄目なのかい・・・?」
「そりゃぁ無駄ってもんでしょ。自分の身が可愛かったら逆らいませんよ、普通は」
「‥・・・どういう事だ?」
 ポップの言葉にますますどーんと落ち込んだアポロを見たヒュンケルはついていけない会話に苛立ったような声を上げる。
 まぁ、こりゃ当事者にしかわかんねーよなぁ、とポップは思う。 ヒュンケルも当事者と言えば言えなくもないがヒュンケルは負い目もあって無条件降伏の態度で通しているので改めては気づかないようだ。
「男の悲哀って奴だよ。三賢者中男女の比率は?」
「2対1だな」
「そ。そして君主もお姫様。女系国家ってわけよ」
「だからそれが何だというのだ?レオナ姫の資質に疑いなどないだろう?」
「ま、ね」
「そんな疑いなど抱く筈もありません。ですが、それでも彼女達は女性なのです」
「・・・・・男には到底見えないが」
「そんな事を口にしたらバルジ塔から吊るされますね。マリンもエイミも立派な賢者です。姫も素晴らしい方です。賢者の卵でもあります。ですが、彼女達はあくまで女なのです」
「・・・・・言いたい意味がよくわからん」
「おめーにゃわかんねーだろうなぁ。エイミさんはヒュンケルに特別感情持ってるし、姫さんも立場上気ぃ使ってるし。だけどアポロさんは気心知れてるからな―」
「・・・・・・・・ポップ君!君ならっ君ならわかってくれると・・・・!」
「――うぉっと」
 涙目で再びポップの手をぎゅっと握りしめようとしたアポロなのだが、瞬時に体を引かれたポップにその手は空を切る。
「?」
 残された手も少し間抜けだが今の展開の意味がわからないアポロは不思議そうにポップを抱え込んだヒュンケルの姿を見ていた。
「おいこら、離せよ。怒るぞ」
「・・・・・・・・わかった」
 残念そうに手を離すヒュンケルにアポロの目はますますイミフメイ?と訴えていた。勿論ポップには親切に説明してやるつもりなどなかったが。
「だから、アポロさんは俺に希望を抱きたかっただけなんだって。幾ら温和なこの人でも、あの三人に囲まれてんのは結構辛いもんだろ?」
「・・・・・つまり、お前を・・・ポップを盾にするつもりだったのか?」
「い、いや、そんなつもりばかりでは・・・」
「恥ずかしくないのか?年下の子供に助けを求めるなど。お前がしっかり己を保てばそれで済む事だろう」
「――――」
 ヒュンケルの糾弾にアポロの目元が羞恥に染まる。彼にも三賢者の一員としての矜持があるのだ。
「あー気にしないでくれよ。ヒュンケルの奴、立派な事口にしてるように聞こえっけど、単なる嫉妬だから」
「ポップ!俺はそんなことで・・」
「へぇ?違うっての?」
「・・・・・う、いや」
「どっちなんだ?おい」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・お前の言う通りだ」
 悪戯っぽい表情で追求するポップを前に慌てて弁解しようとしたヒュンケルは結局手玉に取られるようにポップの言葉に頷いた。
 それを見て、何というか不思議な規視感に近いものをアポロは感じていた。自分の身に、マリンと相対している時の自分の立場に、ヒュンケルの姿が何故だか重なって見える。
「ま、アポロさんもあんま気にすんなって。マリンさんの方はともかく、姫さんの方は釘差しとくからよ」
「そ、そうしてくれるのかい?」
「ん〜まぁ、この馬鹿が余計に突っかかった侘び」
「いや、ヒュンケル殿は当然の事を言われただけで・・・・」
 ポップの有難い申し出よりも「この馬鹿」扱いされたヒュンケルが微妙意気消沈したように感じられて、何というかアバンの使徒達の関係は本当に仲が良いというか、 常人にはわからぬ深い結びつきがあるのだな、と誤解のような誤解でもないような事を考えつつ、思わずアポロはフォローしてしまうのだった。
 
 
 
 
 
 
[ date: 2005.05.30 ]
 
 
微妙ヒュンポプ。そしてうちのアポロはアポロ(自覚無し)→マリンなのです。
今回の兄はメロメロ系ですね(笑)
 
お気に召しましたら一言どうぞ
 
 
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